青森高等学校同窓会

本会について

同窓会略史(青女)

現存する最も古い資料は、大正12年12月発行の青森女子師範学校・青森県立青森高等女学校同窓会の 『同窓會々報 第四回』である。
同会報に記載の「同窓会規則」によれば、総会は、「毎年1回暑中休暇中に開く」ことになっている。また、規則 に続く「本會記事」には、大正10年8月18日に第9回総会を予定していたところ、出席者僅少につき流会、翌11年8月26日に開催したことが記されている。この時の出席者数100名(内青高女会員69名)、会員数は、青高女卒業生700名、青女師卒業生263名と記載されている。その後、13年7月25日に第10回総会、15年7月26日に第11回総会が開催されている。
残存する『同窓會々報』の諸記事から推測すると、「青森高等女学校同窓会」の創設は、大正2、3年頃、内田慶三第4代校長着任早々の時期であろうと思われる。

「役員の選出」については、会長には校長、副会長には主席教諭(現在の教頭)を推戴。理事4名は、客員(現 職員)及び会員の中から会長が嘱託、幹事若干名は同期卒業生の互選による各3名を会長が任命していた。

同窓会の「目的」は第2条に掲げられ、「會員相互ノ舊交ヲ温メ兼テ智徳ヲ修養スルヲ以テ目的トス」とあり、事業として、会報の発行、講演会・各種講習会(「育児講習会」、「しぼり染め講習会」等)の開催。高女部・女師部の毎月1回の部会開催等を行っていた。また、母校勤続10年の職員表彰、会長・副会長の勇退・転任には、記念品・餞別の贈呈を行っていた。「母校勤続10年の職員に対し、その都度記念品を贈呈し謝意を表す」という表彰の項を実施するため、役員会を開催したり、支出が計上されたりしているのが見られる。

昭和10年8月、黒金厚美第8代校長のときに、規約の全面的な改正が行われた。会長に母校校長を推戴するのは、そのままであるが、副会長2名は、会員中より総会において選び、その他の役員は同窓生より選出し、会長が委嘱することに定められた。
昭和16年、三浦茂第9代校長時代の「青高女創立33周年(青女師創立30周年)「記念式」当時の役員は、 次のとおりであった。

会長三浦茂 (校長)
副会長井上みどり(師2)、若井ちよ(女)
幹事阿部きよ(女7)、吉沢きく(女7)、
野里みよ(女8)、外に女師側2名
校内幹事長谷川たか(女2)、工藤トク(女20)、
小笠原寿美(女25)、千葉日出子(女24)、
松井節(女30)、外に女師側より5名
校内評議員小島ひさ(女1)外 40名
市外評議員山上たけ(女2)、外7名
東京支部<支部長>内田慶三(前校長)、<幹事>川口かをる(女7)、
竹内ひさ(女9)、外に女師側3名
評議員葛西やゑ(女1)、外19名

その後会則を改正して同窓生のみで正副会長、役員を選出することになる。戦後の役員は次のとおりである。

会長長谷川たか(女2)
副会長井上みどり(師2)
役員小島ひさ(女1)、野口きぬ(女1)、山上たけ(女2)、
武田きよ(女2)、窪田みさを(女2)、津幡はる(女3)、
吉岡きよせ(女3)、原子れい(女2)、作見みよ(女12)、
外10数名

昭和18年、青高女に併置されていた青女師が分離したため、完全に青高女同窓生のみで運営することになり 前記役員が主に中心となってその任に当たり、青高同窓会と合併するまで続いた。